日本財団 図書館


 

4)記事をめぐる課題
このタイムズ紙の記事は、日本人観光客を、明らかに観光のマイナスイメージのシンボルとして位置づけている。この記事は、日本人を対象とする英国の観光関連業者に緊張感を走らせた。
しかし、そのことで実際に日本人観光客の行動に影響を与えたかというと、決してそうではない。日本の旅行業者も観光客も、これによって大きく動かされることはなかった。日本国内でも、これらの記事が掲載されたことに対する目立った動きはなかった。
こうした日本側の反応は、記事を読む側にも報道する側にも、集団の観光客が非難されることに対するいささかの共感と、ナショナル・トラストの意思として伝えられれば、明らかなジャパン・バッシングすらも甘んじて受け入れかねない傾向が潜んでいる、と推測することも可能である。
こうした自国民を見る目に関しては、より深い社会学的な分析を要するとしても、日本人観光客の「問題点」が指摘されたときに、事実確認を怠って報道を鵜呑みにしたマスコミ、虚偽として無視した日本の旅行業者(現地・日本双方)、全く記事を知らずに訪れる観光客、という、英国側と正反対の行動をとった日本側の姿勢は、ともに、観光地との正確な情報のやりとりを欠いたまま、各地で展開されている日本人観光の現状を示唆しているように思われるのである。特に、国際観光振興(JNTO)ロンドン事務所(わが国政府の観光宣伝機関)は、即座に適切な対応をする必要があったのではなかろうか。

 

5. 結論

一つの新聞記事をきっかけに、湖水地方のナショナル・トラスト・エリアでの観光利用をめぐって次のような課題が生じていることが明らかになった。

 

(1)湖水地方における観光利用と資濠保存をめぐる課題
ナショナル・トラストは永久保存を目的とする一方で公開義務を有する。元来、人を引きつける魅力を有するこれらの施設は、たちまち観光地化を招き、本来の目的である保存を脅かすほどに観光客を呼び入れてしまう。
ナショナル・トラストに指定されると改変が許されないため、増加する観光客数に対応する施設を構えることができない。輸送ネットワークや観光客だまり(駐車場)等の施設の許容量は容易に限界に達し、オーバーユースの現象を招く。これに対し種々のコントロール方策を講じても、根本的な施設許容量と観光客数の矛盾を解決する方策はなく、複数の対策を平行してとらざるを得ない。
これらが、ヒルトップを中心とする湖水地方のナショナル・トラスト・エリアで起きている観光客問題の実態である。

 

(2)日本人の観光形態の課題
この研究が明らかにしたもう一つの点は、日本人の観光形態に関する課題である。
日本人の観光客が求めるものは、欧米人の観光客と明らかに異なり、より象徴的なもの、価値付けされたものに集中する志向を有している。湖水地方の場合は、それがピーター・ラビットであり、ビアトリクス・ポターであり、ヒルトップなのであろう。
また、こうした観光客の行動を誘発しているものに、旅行業者自体の湖水地方に対する理解の仕方がある。多くの日本の旅行業者のヒルトップ及びその周辺に対する捉え方は、不十分かつ狭義であり、自然環境等の施設周辺資源に目を向けさせるに至っていない、ということが観光客の行動を通

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION